身の周りのあらゆるところに存在するプラスチック。私たちが普段食べている野菜やお肉の包装にも当たり前のようにプラスチックが使われています。
でももし、知らないうちにプラスチックに含まれる有害物質を食べているとしたら。今回はそんなプラスチックが与える影響の一つをアメリカのニュースを通して考えていきます。私たちが盲目的に信じていた食への信頼を揺らぐような内容かもしれません。
まずは今回取り上げるニュースを読んで概略を掴みましょう。つまづきそうな英語表現の意味と例文は後程紹介していきます。
概要: 食品のプラスチック製包装にはがんや不妊の原因となる数百種類の化学物質が含まれている可能性がある – Newsweek
スイスのチューリッヒにある“Food Packaging Forum” が新しく発表した研究結果によると、食品のプラスチック製包装には388種類の人体への悪影響が懸念される化学物質が含まれている可能性があることが明らかとなりました。
これらの物質のうち352種類がCMRsと呼ばれる発がん性(carcinogenic)、変異原性(mutagenic)、生殖毒性(toxic to reproduction)[1]男女の生殖機能や次世代児に対して有害な影響を及ぼす毒性をもつ化学物質です。
さらに、ホルモンかく乱物質あるいは内分泌かく乱物質(EDCs)[2]Endocrine Disrupting Chemicalsが22種類と、32種類の残留性と生物濃縮(bioaccumulation)[3]何らかの化学物質が食物連鎖を経て動物の体内に蓄積されていくこと。フグ毒の生成メカニズムとして知られる。によって健康への影響が懸念される物質が含まれています。
これを受けて研究チームは「食品接触化学物質リスト(FCCoC)[4]Food Contact Chemicals of Concern」を作成し、食品包装への使用について即時廃止を検討するよう求めています。
2020年の世界のプラスチック生産量は4億400万トンと推定されその3分の1が食品用です。製造、使用、廃棄、リサイクルの過程で、化学物質が食品や環境に溶出することが懸念されています。
そもそもプラスチックとは
プラスチックは合成樹脂(synthetic resin)とも呼ばれ、原油を蒸留・分離した石油製品のうち沸点が30〜200℃程度のもの(ナフサ、naphtha)をさらに加工した高分子化合物です。規則的に原子が結合したモノマー(monomer)が重合[5]モノマーを多数結合させて高分子を作る反応のことしてポリマー(polymer)を構成しています。主成分は石油でより具体的にいうと水素、炭素、酸素です。
プラスチックの大きな特徴として、電気を通さず加工が容易であることが挙げられます。そのような絶縁性(insulation)や可塑性(plasticity)[6]物質に力を加えて変形させたとき、力を取り去っても変形が残る性質から、食品包装や服、電化製品、家具など身の回りのさまざまな製品に使用されています。ごみの分別で「プラ」と表示のあるものを探しただけでも、身の回りにどれだけ多くのプラスチックがあるのか想像がつくでしょう。
一方で、比較的低温での燃焼時にダイオキシン(dioxin)という有害なガスを発生します。
さらに、プラスチックは自然界の微生物が分解できないという大きな問題があります。本来、私たちを含めた動物や植物は寿命を終えると、微生物が長い時間をかけて化学反応を起こして跡形もなく消えて自然の一部になります。大昔の動植物が(化石を除き)現代でほとんど見られないのはこれが理由です。対してプラスチックはというと、分解されない代わりにその一部は細かくなってマイクロプラスチック(microplastics)[7]5mm以下の微小なプラスチックごみの総称として存在し続けます。
マイクロプラスチックは風や雨で簡単に飛散し、それを間違って食べた動物の内臓に詰まってしまったり、付着していた有害物質が体内に蓄積されるため、生態系への影響が危険視されているのです。
そこで、近年日本でもプラスチックバッグを有料にしたり、ストローをプラスチック製から紙製に変更するような企業も現れています。
研究結果の詳細
スイスのチューリッヒにある“Food Packaging Forum” のムンク博士(Jane Muncke)は記事中で次のように説明しています。
現在ヨーロッパでは何百もの有害な化学物質が、包装材などの食品接触材料(FCMs)[8]Food Contact Materialsに合法的に使用されており、人々は食品に付着した有害な化学物質を一緒に摂取しているという研究結果があります。
私たちのチームが作成したFCCoCリストに含まれる30種類のうち、22種類が食品や食品類似物(food simulant)[9]食品の特性を化学的に再現したもの。油性・水性・乾物など、それぞれの特徴ごとにどれほどの影響があるかを調べるための模擬物質への付着が検出され、食品と共に人に摂取されることが示されました。リスト中のモノマーには次のようなものがあります。
- アクリルアミド(acrylamide): ポリアクリルアミド(polyacrylamide)のモノマー
- スチレン(styrene): ポリスチレン(polystyrene)のモノマー
- ビスフェノールA(bisphenol A): ポリカーボネート(polycarbonate)のモノマー
- 塩化ビニル(vinyl chloride): ポリ塩化ビニル(polymer polyvinyl chloride)のモノマー
アクリルアミドはプラスチック製品以外にも、穀類・いも・野菜が高温加熱されると生成されます。大量摂取によって健康被害を引き起こす場合もありますが食品一般によくみられる物質のようです。
スチレンが重合したポリスチレンはカップ麺の容器や食品トレーとして使われています。
ビスフェノールAも一部の食品容器に使用されています。極めて低い量の暴露で健康への影響がみられたことが報告されています。
ポリ塩化ビニルは配管や靴、文房具などに使用されるプラスチックです。
フタル酸エステルはポリ塩化ビニルなどのプラスチックを柔らかくする働きなどがあり、床材やシャンプーに使用されています。研究結果によれば、普段の食べ物から有害物質を摂取している可能性が高いということですね。
今回の調査では幅広いCMRsが食品包装に使用されている可能性があることがわかりました。352種類のCMRsがFCMsの製造に使用されることが示されています。
これらのうち135種類は人や動物実験からの証拠からカテゴリー1の発がん性物質に分類されました。その中には次の物質が含まれています。
- 塩化ビニル
- ジクロロエタン(dichloroethane): 塩化ビニルと同じくポリ塩化ビニルの原料に使われる
- 酸化スチレン(styrene oxide): エポキシ樹脂の可塑剤や希釈材に使用される
- 5-メチル-o-アニシジン(5-methyl-o-anisidine): 染料の製造に用いられる
記事中の「カテゴリー1」がどの論文あるいは研究機関の分類なのかはっきりしませんでした。しかしIARC(Intarnational Agency of Research on Cancer、国際がん研究機関)によると発がん性物質は次のように評価されます。
グループ1: 人に対する発がん性がある
グループ2A: 人に対する発がん性がおそらくある(probably)
グループ2B: 人に対する発がん性の可能性がある(possibly)
グループ3: 人に対する発がん性について分類できない
これに当てはめるならば、塩化ビニルを始めとする発がん性物質が食品包装から食品へ付着することが確認されたということですね。
まとめ
- 現在プラスチック包装には388種類もの人体への悪影響が懸念される化学物質が存在する。
- そのうち352種類のCMRsと呼ばれる物質で、さらにそのうち135種が人への発がん性がある。
- 実際に研究チームが検証・作成したFCCoCリストの30種類のうち、22種類が実際に包装から食品に付着していた。
- FCCoCリストのモノマーのうち20種がCMRs、4種類がEDR、1種類が難分解性・生体蓄積性関連の有毒性を有している。
- 研究チームはFCCoCリストに含まれる物質の即時廃止を求めている。
Picked up 英会話
ready-to-use: すぐに使える、既成の
“We present here a ready-to-use list of priority chemicals that should immediately be phased out from use in food contact materials by policy makers.”
私たちは優先度の高い化学物質のリスト―政策担当者によって食品接触材料の使用から直ちに廃止されるべきである―をここに提示します。
直訳して考えると「使うための準備はできている」→「すぐに使える」といったようなニュアンスがあることがわかります。
本文中の“ready-to-use list” とはFCCoCリストのことで、研究結果を踏まえて作成した科学的根拠のあるリストです。そのため政策担当者が首を縦に振れば直ちにリストに従い、化学物質の使用を廃止できることを示すために用いています。
migrate: (一時的に)移動する、移行する
“Of the 30 monomers with evidence for presence, 22 were detected to migrate into food or food simulant, demonstrating that monomers can transfer into food and become available for human exposure via ingestion of foodstuffs.
存在の証拠がある30のモノマーのうち、22種類が食品または食品類似物に移動することが検出され、人間が食品を摂取することで曝露されることを示しています。
“migrate” は動物やモノが、ある地域や生息地からほかの地域に「一時的に」移動する意味で使われます。
例えば白鳥が季節によって住処を変えることを表現する場合、“The swans migrate from Siberia to Japan.” (白鳥はシベリアから日本に移動する)のようにmigrateを用いるのが適切です。
記事中では包装に付着していたモノマーが食品そのものに「移動する」という意味で使用されています。
似た単語に“immigrate” 、“emmigrate” があります。前者は「(他国から)移住し永住する」、後者は「(他国に)移住し永住する」といった意味です。「自国に移り住んでくるのか」あるいは「他国に移り住むのか」によって使い分けられ、migrateとは異なり「定住する」という意味が含まれているのが特徴です。
peer-review: 査読
“Peer-reviewed studies have demonstrated the presence of 127 of these molecules in food contact materials (FCMs).”
査読された研究は、食品接触材料(FCMs)にこれらの分子が127個存在することを実証した。
学術雑誌に論文を投稿する際、学会の委員が論文を読み、書かれている理論や実験結果が正しいのかを検証し評価する制度があります。この制度を査読といいます。査読を通して何度も論文に修正を加えていくことで晴れて学会誌に掲載されます。
この査読には研究者の「黒い部分」が見え隠れするそうで、科学者たちの投稿のタイミングや研究内容によっては論文が却下されたり、必要以上に遅れたりすることもあるとかないとか。
また学会誌は“Impact Factor(IF)” と言って社会への影響度によって分類されています。IFが高い雑誌は他論文への引用頻度が高く、科学者にとって掲載されることは誇りなのだそうです。IFのとりわけ高い雑誌と言えば“Nature” や“Science” が挙がるでしょう。
Terminology
↑1 | 男女の生殖機能や次世代児に対して有害な影響を及ぼす毒性 |
---|---|
↑2 | Endocrine Disrupting Chemicals |
↑3 | 何らかの化学物質が食物連鎖を経て動物の体内に蓄積されていくこと。フグ毒の生成メカニズムとして知られる。 |
↑4 | Food Contact Chemicals of Concern |
↑5 | モノマーを多数結合させて高分子を作る反応のこと |
↑6 | 物質に力を加えて変形させたとき、力を取り去っても変形が残る性質 |
↑7 | 5mm以下の微小なプラスチックごみの総称 |
↑8 | Food Contact Materials |
↑9 | 食品の特性を化学的に再現したもの。油性・水性・乾物など、それぞれの特徴ごとにどれほどの影響があるかを調べるための模擬物質 |
↑10 | Carcinogenic 発がん性、Mutagenic 変異原性、Reproductive Toxicity 生殖毒性を持つ化学物質 |
↑11 | Endocrine Disrupting Chemicals: 内分泌かく乱物質 |
研究結果に対する筆者の意見
記事を読む限り、研究で対象にされたのは388種類の化学物質すべてではなく、FCCoCリストに掲載された30種類だけのようです。そのうち明確に包装から食品への付着が確認されたのは22種類ですので、すべての物質に対して同様の結果が得られたという確証はありません。
また、研究ではどれだけの分子が食品に付着しており、その量が健康にどれだけ影響を与えるかもこの研究から示されていません。
科学には絶対がない上、結果しか示してくれません。判断は研究者の主観に委ねられている部分も多く、行きつくところは解釈と選択の問題である場合もあります。結果のもとに「判断する」ことは科学の苦手とする点です。おとなはウソつきではないのです。まちがいをするだけなのです。
しかしながらこの研究結果は、私たちの「食の安全への幻想」に強い警鐘を鳴らしています。
私自身、企業の作る製品は安全で健康被害がでるほどの悪影響はないと、暗黙的に考えていた部分がありました。
これほどの種類の化学物質を経口摂取している可能性がある以上、絶対的な安全は存在しないと認識し直さなくてはなりませんね。食品の問題はリコールをはじめ、これからも必ず発生するでしょう。
せめて自分が口にしているものが何なのか知り、何を食べて何を食べないのか選択と意思表示をしていきましょう。今後の研究の進捗に期待したいと思います。
その他、参考リンク
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