「ある」と「ない」が一つの不思議な世界/シュレディンガーの猫とは

量子力学で扱う量子 quantumというものには、観測するまで「ある」と「ない」が共存しているという不思議な性質があります。今回はそんな量子特有の不思議な性質について皆さんに紹介します。

とは言っても、この不思議な性質はあまりにも私たちの常識とはかけ離れており、簡単にはイメージしにくいものです。そこで、今回は量子力学に馴染みのないような方でも理解できるようにもし私たちが量子の世界にいたらどんな体験をするのか?を一緒に考えながら、量子力学の不思議な世界をご案内します。

それでは一緒に量子の世界を味わっていきましょう。

量子の世界はどれほど小さい?

量子現象が現れるのは原子や電子一つ一つが見えるほど小さな領域です。具体的な大きさでいうと、距離を表す際に常にナノメートル nano-meter[1]nano: 10^{-9}, 1[nm]=0.001[\mu m]=0.000001[mm]が用いられる程の非常に小さな世界です。

髪の毛一本の太さは細い人でも0.05mm[2]0.00005mなので、原子はそれよりも5万倍も小さいことになります。
もし仮に原子を私たちとだいたい同じ大きさの1~2mとすると、髪の毛の太さはだいたい50kmもの大きさになります。直径50kmの髪の毛が空から降ってきて日本に刺さったとすると東京から筑波までの都市が壊滅します。

衛星写真で東京―つくば間を撮影して人間一人ひとりが見えないことと同じように、私たちの目は原子を直接みることはできません。

つまり、量子現象の現れる領域は想像もつかないほどめちゃくちゃ小さいです。
これほど小さい世界では、普段とは違う不思議な現象が起きます。私たちも原子スケールまで小さくなったと仮定して、いったいどんなことが起きるのか紹介しましょう。

いざ、量子の世界へ

気づいたら部屋の外に

いきなりですが、私たちは1ナノメートルまで小さくなりました。私たちの身の回りのすべての物質がナノメートル程度の大きさになっています。この時、どのような不思議な現象が現れるのでしょうか。

試しに目の前にスマートフォンがあるとしましょう。いまは確かにそこにあります。

ではいったん目を閉じてから、数秒後に目を開いてスマホを見てみましょう。
あれ?スマホがなくなっています。
近くを軽く探してみてください。
なぜか近くの棚の上にありました。

なんだか変ですね。
一度視線を外してから、もう一度棚を見てみます。
今度は棚からなくなりました。
代わりにベッドの下に転がっています。
うーん、おかしい。

ふと我に返ると、今度は自分が外にいることに気づきました。
さっきまで自室の中にいたのに。
首をかしげていると、今度は目の前が暗くなっていることに気づきました。
押し入れの中にいます。
うーん、やっぱりおかしい。

と思っていたら気づけば元の場所に戻っていました。

こんなことは普段の生活では起こりませんね。急に自分のいる場所が変わったり、壁を越えて瞬時に移動することはないし、何度目を閉じたり視線を外しても物は元いた場所にあるはずです。

量子論が登場する以前、原子を始めとする粒子は砂や米のように完全な粒だと認識されていました。しかし、細かく細かく見ていくと実は粒ではなく「もやもや」とした雲や綿あめのように存在していることが分かってきたのです。

雲みたいな「もやもや」の中では「ある」と「ない」が同時に存在します。まるで雲には境目がなく「ある」ようにも「ない」ようにも見えるのと同じ感じです。だからある瞬間みるとそこに「ある」のに、もう一度見直すと今度はそこに「ない」という不思議なことが起こります。

今回の例ではミクロな世界にもスマホがそのままの形であるかのように説明しましたが、実はスマホも原子がたくさん集まった塊です。なのでミクロな世界では実際に私たちの目の前には周期的に並んだの原子の「もやもや」が見えているでしょう。

さて、次はこの「もやもや」とは何か、量子力学ではどのように扱うかを簡単に紹介します。

私たちは確率の海に存在する

シュレディンガーの猫

To be, or not to be – that is the question.

あるべきか、あらざるべきか
それが問題だ

William Shakespeare, “Hamlet”
ウィリアム・シェイクスピア, 「ハムレット」

「ある」と「ない」が共存するという現象が確認されて間もない頃、さまざまな物理学者がその不可思議な現象やその解釈に異論を唱えました。それほど量子効果が示す結果がこれまでの常識とあまりにかけ離れていたのです。

量子論の発展に大きく貢献した一人であるエルヴィン・シュレディンガー(Erwin Schrödinger)もそんな物理学者の一人です。彼はシュレディンガー方程式の名前の由来になった人物ですが、量子論のおかしさを揶揄して次のような思考実験を行いました。それが今ではシュレディンガーの猫 Schrödinger’s-cat として知られています。

シュレディンガーの猫は次のような思考実験です。

  1. 外から見えない部屋に一匹の猫と一つの装置を入れる。
  2. 装置は
    • 放射線を検出するガイガーカウンター(Geiger counter)
    • 数時間後に50%の確率で原子崩壊する放射性元素
    • 毒ガス(致死率100%)が入った容器
      で構成されている。
  3. もし原子崩壊すると、ガイガーカウンターが放射線を検知する。
  4. 放射線が放出されると毒ガスの容器は割れる仕組みになっている。
  5. 原子崩壊したかは部屋の外部の人にはわからない。
  6. 数時間後、猫は生きているだろうか、それとも死んでいるだろうか。

この思考実験の面白いところは、放射性元素が崩壊するかという確率的な現象が猫の生死を決定してしまうところにあります。放射性元素の原子崩壊は量子的な現象で、原子が崩壊したかどうかは観測するまで確定しません。ということは、毒ガスが部屋に散布されて猫の生死が決まるタイミングも観測するまでわからないということになります。

量子論が登場する前は、猫の生死は観測したかにかかわらず確定していて、私たちはその結果をただ見ているだけだという考えが基本でした。しかし量子論が正しいのであれば、観測するまで猫の生死は決定せず、部屋の扉を開けた瞬間に猫の状態が確定するということになります。
現実的に、私たちは猫の生死を観測することでしか知り得ないので、「私たちが見なくとも状態が確定しているのかどうか」はそもそも知りようがありません。

この思考実験は量子現象が示す不可思議さを分かりやすく取り上げた、ある種の例え話です。それと同時に量子現象のおかしさをうまくマクロな世界に落とし込んだ興味深い話として、量子力学を学ぶ人にとっては広く知られています。

ちなみにここでいう観測とはただ見るだけに限らず、部屋の外の人がガイガーカウンターの検出結果を知ることや放射線の放出で容器が割れた音を聞くことなどを含みます。部屋の中で毒ガスが散布されたのかを間接的にもわかってしまえばそれは観測したということになるんですね。

ボルンの確率解釈

The task is not to see what has never been seen before, but to think what has never been thought before about what you see everyday.

まだ見たことがないものを見ることではなく
誰もが毎日見ていることについて
これまで誰も考えたことのないことを

考えることが課題なのだ

Erwin Schrödinger
エルヴィン・シュレディンガー

あるとないが共存する不思議な現象は、今では一つの解釈に落ち着いています。それがボルンの確率解釈 Born’s stochastic interpretation です。確率解釈の厳密な定義は次の通りです。

「波動関数の二乗絶対値がその位置に粒子が存在する確率を表す」

波動関数は粒子のぼんやり具合を表現したような関数です。詳しくは他の記事で解説するのでお待ちください。

この解釈によると観測の度に測定値が変化するのは、粒子の位置が確率的に分布しているからです。
観測するまで(見るまで)どこにあるのかは確定しておらず、雲のようにもやもや広がって存在するのです。もちろん確率というからには、粒子のいる確率が高い場所と低い場所があります。

しかし、実際にどこに粒子があるのかは観測するまで決まっておらず、雲のように広がって存在しています。
確率解釈は量子力学の波動性と粒子性の話ともかかわっています。興味のある人はこちらの記事をご覧ください。

波動性と粒子性とは/二重スリット実験から多世界解釈まで

波動関数が空間的に狭い領域に集中しているなら、ミクロな視点では粒子が確率的に存在していても、より大きいスケールの視点ではまるで一つの粒のように見えます。そういった意味で、確率解釈は粒子性と波動性の両方をうまく取り込んだ解釈と言えるでしょう。

このように、一見すると不可思議な量子の性質もうまく取り込んで(整合性の取れた)一つの解釈を導き出すことも、量子力学が目指す大きな目標の一つです。

量子力学の波動関数がいったいなんなのかは、専門家の間でも細かい解釈の違いがあります。
波動関数の正体には踏み込むと沼にはまっていく確率が高いので、今回はこの程度にとどめておきましょう。

まとめ

「ある」と「ない」が共存した量子の不思議な世界の紹介は以上になります。重要なポイントは次のとおりです。

  • 量子現象はナノメートルの領域で現れる
  • 原子や電子は完全な粒ではなく雲のように存在する
  • 量子的には粒子は「ある」と「ない」が共存している
  • 粒子の位置は確率的に分布しており、観測するまで決まらない

量子の世界の面白さを少しでも知ってもらえたでしょうか。今回紹介した内容は量子が織りなす広い世界のほんの一部です。まだまだ皆さんに紹介したいことがたくさんあります。記事を一通り読んで「もっと量子力学や量子について勉強したいな」と思った人はぜひ他の記事も読んでみてください。

最後に筆者の雑記を載せましたので、もう少しだけ続きをどうぞ。

筆者雑記: 量子力学と直感の関係

物理学を勉強したり、他の人と議論する中で「直感的」という言葉を使うことがあります。
物理学は身の回りの物理現象を説明する学問なので、日常的に見聞きしたり体験している現象が常に理論や発想の基盤にあります。なので現象が直感的に理解しやすいことは、物理的に妥当な理論や実験なのかを推し量るために非常に重要です。

そういう視点に立つと量子力学は「直感的ではない」学問です。普段の日常では粒子は粒子のままで位置は不変だし、エネルギーが飛び飛びの値をとることはありません。この点が量子力学の難易度が高く、量子力学を学びたい人にとって大きな壁になっている理由の一つだと思います。

私も量子力学を勉強し始めた当初は、突然よくわからない概念が登場し、それをわかりきったように使っているせいで単なる数式遊びのようだなと思っていました。

しかし、量子力学は普段の生活に密接に結びついています。ミクロな世界では量子現象は決して特別というわけではなく、ごく当たり前に登場します。むしろ私たちが量子効果を体感できない世界で生きていることの方が特別なのかもしれません。

量子力学を学ぶ上で大事なマインドセットは「直感的でない理論をひとまず認める」ことだと思っています。勉強していくうちにそれらが次第に結びついて腑に落ちるポイントがあります。
そうして理論のネットワークができると「量子力学が面白い」と思えるでしょう。


本記事は量子の世界をより身近に感じてもらうために厳密さに欠ける内容も入っています。

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Terminology

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1 nano: 10^{-9}, 1[nm]=0.001[\mu m]=0.000001[mm]
2 0.00005m

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