波動性と粒子性とは/二重スリット実験から多世界解釈まで

原子レベルの小さな世界では、電子は波と粒という相反する二つの性質を同時に持ちます。専門用語ではこの性質のことを波動と粒子の二重性 wave-partial dualityといいます。今回は量子論で有名な二重スリット実験 The double slit experimentを例に、波と粒の二重性とは何かを紹介します。

二重スリット実験の仕組みそのものはシンプルですが、そこから得られた衝撃的な結果は現在の量子力学の根底を支える重要な要素を多く含んでいます。この実験結果の解釈には当時から多くの科学者が頭を悩ませ、結果的に物理学全体の発展に大きく貢献しました。SFで出てくる「多世界解釈」もそんな中で生まれた考えの一つです。

それでは、まず二重スリット実験とは何かを紹介しましょう。

物理学の根底を揺るがした実験

二重スリット実験とは

二重スリット実験は量子力学の中ではよく知られた実験です。
実験方法自体は非常に簡単で、次のようなプロセスです。

  1. 非常に狭くて長い切り口(スリット)が2つ入った壁を用意する。
  2. その壁に向かってランダムな方向に電子を一つずつ発射する。
  3. 電子は2つのスリットのどちらかを通り抜けるか、スリット以外の領域にさえぎられる。
  4. 通り抜けた電子を検出器 detectorで計測する。
  5. 2~4を何度も繰り返し、検出機で電子のパターンを観測する。

ヤングの干渉実験 Young’s interference experimentを知っている人は、光源の代わりに単一電子を発射していると考えればわかりやすいと思います。

もし仮に、オレンジのカラーボールを一つずつ発射したとすると、スリットを通り抜けたボールは必ず上図の赤玉か青玉の経路を通って検出器に到達します。そして何度もカラーボールを発射するうちに、上に描いたようなオレンジの二本線のパターンが見えてくるはずです。しかし、電子ほど小さい粒子の場合は不思議な現象が起こります。次の動画を見てみましょう。これは二重スリット実験の実際の映像です。

驚くことに干渉縞(interference fringes)ができていることがわかります。干渉縞は複数の波が互いに干渉することで発生するので、通常は単一の粒子を発射しただけでは現れません。

量子論が登場する以前、電子は完全な粒だと考えられていましが、実際に二重スリットに電子を発射すると波の性質を示す干渉縞が現れたのです。つまり、二重スリット実験でわかったことは電子は粒子の性質の他に波の性質も持つという衝撃的な結果でした。

電子は波と粒子の二つの性質を合わせ持つ

電子が波の性質を持っていたという事実は大いに物理学者の頭を悩ませることになり、当時さまざまな学者が「実験がおかしいのでは?」と懐疑的な姿勢を表しました。そうして電子が波であるとする「波動説」を唱える派閥と、粒であるとする「粒子説」を支持する派閥の二つに分かれ、物理学界の大問題に発展していきました。

相対性理論 theory of relativityの発案者として有名なアルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein)もこの問題を解決するために貢献した人物の一人です。彼は粒子説を支持しており、光電効果 photoelectric effectの実験や光量子仮説 light-quantum hypothesisという仮説を提唱した人物でもあります。
アインシュタインと量子力学との関係は別の記事にまとめる予定ですのでお待ちください。

Albert Einstein (1879-1955)

最終的に、この問題はそもそも電子は完全な粒ではなく、波と粒子の性質を持ち合わせた雲のようなものであるという解釈に落ち着きました。ここで初めて量子論で重要な「波と粒子の二重性」が物理的に正しいとみなされるようになったのです。

電子は完全な粒として原子核の周りをまわっているのではなく、原子核の周りに雲のように存在する

干渉縞が現れる理由

実はここまでの説明の中で、最も大切な前提条件に触れていませんでした。それはスリットを通る粒子を観測していないことです。スリットを通過する電子を観測すれば、2つのスリットのどちらを通ったのか、あるいは同時に通ったかを確認できるはずです。もし片方のスリットだけを通ったのなら電子は粒子で、同時に通ったのなら波動だと証明できます。

「なんだ、最初からそうすればいいじゃん」
という声がどこからともなく聞こえてきそうです。

それでは二重スリット実験でスリットを通過する電子を観測したとしましょう。すると電子が一方のスリットを通過したという結果が得られます。何度も一つずつ電子を発射すると、検出器ではカラーボールの例と同じような二本線のパターンが現れます。この結果は粒子性を示しています。

逆にスリットの計測装置の電源をオフにして実験を行います。するとこれまで紹介した通り干渉縞が現れ、電子は波動性を示します。

これが二重スリット実験の興味深い点であり、マクロな世界[1]私たちが普段生活しているような、距離や大きさがメートルやミリメートルで表される世界と量子の世界の決定的に違う点です。すなわちスリットを通る瞬間を観測すると粒子の性質を示し、観測しないと波動の性質を示します。観測するのかどうかが実験結果に大きな影響を与えるのです。

こうした不可解な性質は現在では、観測する前は粒子の位置は不確定で波のように存在しており、観測すると位置が一点に決まり粒子として発見されると解釈されます。

もしも私たちが電子の位置を観測していないなら、単一電子を発射した時に干渉縞が現れる理由が説明できます。
観測するまでは、電子は雲のように広がっておりスリットの間にまたいで存在できるからです。そうすると1つの電子が赤と青の経路を同時に通過することができ、波の干渉が起きたという説明が成り立ちます。

観測しなければ、電子は赤と青のように二つのスリットを同時に通過する

観測するまで粒子の位置が確定しないという性質についてはこちらの記事にまとめました。
興味のある人は下のリンクからご覧ください。

二重スリット実験の動画は少し調べるだけでも数多くヒットしますが、中でも著者が最も参考になった動画をこのページの最後にあげておきました。非常に勉強になるかと思いますので興味のある方はご覧ください。

このように、二重スリット実験は非常に不可解な結果を多く含んでおり、その解釈も多岐に渡ります。
次は二重スリット実験に関連する解釈の一つである「多世界解釈」と多世界解釈と関連深い「ブレーン宇宙」について説明しましょう。

多世界解釈とブレーン宇宙

I think therefore I am.

我思う、故に我あり

René Descartes
ルネ・デカルト

多世界解釈とは

先ほど、電子は観測するまでは波動としてぼんやりしていて、観測とともに一点に確定すると書きました。この説明がすんなり頭に入る人は少ないのではないでしょうか。まるで私たちが「観測する」という行為だけで世界に影響を与えているかのように捉えられてしまいます。

これはおかしいと考えた人たちももちろんいて、彼らは別の解釈を生み出しました。それを多世界解釈 many-worlds interpretation: MWIといいます。多世界解釈によると私たちが観測することで世界に影響を及ぼしているというよりも
私たちが今いる世界はあり得たかもしれない無数の世界の一つであり、私たちが今現在認識している世界とそうでない世界は観測によって分岐する
というのです。

観測によって私たちがいる世界とそうでない世界とに分岐する。

この解釈の重要なポイントは私たちがいる世界とそうでない世界は同時並行で存在することです。分岐した世界にも私たちとほんの少しだけ違う世界があります。観測といってもミクロな世界[2]距離や長さにナノメートル(nm:10^{-9}[m])という単位が使われるほど小さい世界での観測なので私たちマクロな世界には全くといっていいほど影響がないかもしれません。

何だかSFみたいな話ですね。実際、パラレルワールドやマルチバースとも関連深い解釈で、多世界解釈が採用された物語や映画[3]テネット、インターステラー、MARVEL、イエスタデイ、君の名は なども数多くあります。

多世界解釈が正しいなら、私たちが生まれてからこれまで無数の世界が生まれたことになります。それも生きとし生けるものが常に何かを観測して位置を確定させているので、まさに無数の世界が今この瞬間にも生まれていることになります。認識できていないだけで私たち自身も無数に存在することになります。

もちろん、これはあくまで解釈なので正しいかどうかはまだわかっていませんが、やっぱりこういった夢のあるお話はワクワクしますね。

ブレーン宇宙とは

著者が昔読んだ「ニュートン」という雑誌の中で、多世界解釈と関連した面白い記事あったのでついでに紹介します。その記事では
私たちが住んでいる世界とあり得たかもしれない別の世界は光速で分離している
ということが書かれていました。なぜ光速なのかというと、光速度不変の原理に抵触しないように理論が考えられているからです。

この説ではブレーン宇宙 brane cosmology[4]brane-worldともというモデルが使われています。こちらについても解説しましょう。ちなみにブレーンはbrain(脳)ではなくbrane(膜)です。

まず私たちの目の前に厚さが無視できるほど薄い二次元のシートが何枚もあるとします。それぞれのシートの中には二次元の世界だけを認識できる二次元生物が住んでいます。二次元生物は「高さ方向」を認識できないので、別のシートがあることも別のシートの中に自分たちとは異なる生物がいることも観測できません

逆に三次元空間に生きる我々人間には、たくさんのシートの中に平べったい生物が生息していることが見えています。人間は高さ方向を認識できる生物なので何枚ものシートを認識でき、なおかつ各々の世界に干渉することができます。

ではさらに次元を拡張して四次元空間の世界を生きる四次元生物がいるとしましょう。四次元生物は私たちの住む三次元空間が一枚のシートのように見えています。私たちは別の三次元空間でできたシートを認識・観測することはできませんが、四次元生物は多種多様な三次元のシートが並行して存在していることを認識しており、それぞれのシートに干渉することができるのです。

高次元側からのみ低次元側を認識・干渉することができる

このように私たちの住む世界(宇宙)が一種のシート(膜)であるとするモデルをブレーン宇宙といいます。それぞれの膜はどうやって生成されるのかというと、下の図のように観測によって膜が剥がれるように光速度[5]2.99792458\times10^8[m/s]で分かれていきます。膜が何枚に剥がれるのかがはっきりしませんが、おそらく無限個ではないでしょうか。この仮説もワクワクしますね。

観測点を境に結果がAの世界とBの世界に光速で分離していく

上の図ではイメージしてもらいやすくするために横の方向だけに分離するように描かれていますが、実際には二次元空間では縦の方向にも、三次元空間上でさらに高さの方向にも分離します。一度分離した世界は完全に断絶するので、一方の世界からもう一方の世界を観測することはできません。このように宇宙論と量子論には強い結びつきがあります。

多世界解釈についてはこのくらいにしておいて、今度は「波動と粒子の二重性」がないとどういった現象が起きるのか紹介しましょう。

もしも二重性が存在しなかったら

電子が粒子の性質だけだったら

先ほど、電子は波と粒子の二つの性質を同時に持つことを説明しました。もし電子が粒の性質だけなら、私たちの体や物質を構成する原子は存在できません。それを今から簡単に説明しましょう。

古典物理学では原子はプラスの電荷をもつ原子核のまわりをマイナスの電荷をもつ電子が等速円運動している模型が正しいとされていました。この模型をラザフォード模型 Rutherford modelといいます。

Rutherford model

電子が完全な粒であるとすると、原子は電子と原子核が互いに引き合うクーロン力 coulomb forceと、電子が原子核を周回することではたらく遠心力 centrifugal forceが釣り合って原子の形を維持しています。みなさんも中学や高校でこのように教わったと思います。

この模型は惑星の運動から類推して考えられたと思われます。地球をはじめとする全ての惑星は太陽から受ける重力と、太陽の周りを楕円運動することで発生する遠心力が釣り合って軌道を維持しています。そういった視点に立つと原子と太陽系はよく似ています。

しかし、量子論ではラザフォード模型は厳密ではありません。モデルの中で最も簡単な水素原子の場合を考えてみましょう。水素原子は陽子1個と電子1個からなる原子で、電子の運動を表したニュートンの運動方程式はこんな感じで書けます。

m_e\frac{v^2}{r}=\frac{e^2}{4\pi \epsilon_0 r^2} [\text{N}]

プラスの電荷を+e、マイナスの電荷を-e、電子の質量と速度はm_evで書きました。

等速円運動を維持するためには、遠心力とクーロン力が常に釣り合っている必要があります。しかし加速度のある電子は電磁波を放射するので[6]シンクロトロン放射:synchrotron radiation、エネルギーの放射に伴って電子は次第に速度(運動エネルギー)を失います。

速度が小さくなると遠心力も速度の二乗で小さくなります。こうなると力が釣り合わなくなるので、クーロン力が勝って電子が次第に原子核に近づいていきます。原子核に近づくほどクーロン力は一層大きくなって引っ張る力が増えるので、結局電子は螺旋運動しながら原子核に落ち込んでしまいます。

つまり、私たちの体や身の周りのものは一瞬で崩壊してしまいます。古典物理学の知識だけでは物体が存在していることすら、十分に説明できないのです。

それに対して、電子が原子核を周回しておらずその周りを覆ってぼんやり存在しているとします。ぼんやりとした電子は原子核の周りに細かく分散しているように見えます。分散して存在する電子の間にはクーロン反発が働いており、逆にそれぞれが原子核と引き合って全体として釣り合っています。

こうして原子が成り立っているなら、電子の円運動に伴う電磁波が発生しませんから、外部からエネルギーを与えられなくとも原子の構造を維持できます。

このように原子が存在する説明にも量子論が用いられます。

光が波の性質だけだったら

「ん?電子の話ばかりしてきたのに急に光?」
と思ったかもしれません。これまでは電子だけが波動性と粒子性を持っているかのように説明しましたが、実は光も波動性と粒子性を持ちます

光は基本的には波の性質を持ち、光源から距離が長くなると広がっていきます。直径5cm程度しかない懐中電灯でも、夜道を照らすとちゃんと道路の端から端まで見えるのは、波動性によって光が広がるからです。

しかし、光が粒子性を持たなければちょっと困ったことが起きます。私たちの目は、どこからどれだけの光が来たのかを網膜でキャッチして、得られた信号を脳で処理することで物体を感知します。もしも光が波動の性質だけなら、物質から来た光が網膜に届く前に広がってしまいます。すると網膜の一点に集まらず「ぼやけて」しまいます。

波動性によってぼやけた世界は、例えるなら視力の悪い人が裸眼で見ている世界と近いと思われます。ただし、私たちの世界では遠くの時計の針すらみえないほど視力の悪い人でも度のあった眼鏡をかければちゃんと遠くまで見えますよね。一方光に粒子性のない世界では眼鏡をかけても視力が3.0あっても問答無用で視界がぼやーっとしてしまいます。

私たちが文字を読んだり遠くの人をはっきり認識できるのは、光にも粒子性があるからなのです。

余談ですが、光が粒であるとみなす仮説を光量子仮説といいます。先ほど紹介したアインシュタインが提案した仮説ですね。光量子仮説によると一つ一つの光の粒は光子 photonと呼ばれます。光子のエネルギーはプランク定数h[7]6.62607015\times10^{-34} [Js]という量と、光の振動数\nu[8]ニューを使って、h\nuで表されます。

まとめ

波動性と粒子性に関する紹介は以上になります。今回の記事で重要なポイントは次のとおりです。

  • 二重スリット実験は量子の持つ波動と粒子の二重性を明らかにした実験。
  • 電子や光は波と粒子の二つの性質を同時に合わせ持つ。
  • 量子現象は観測するかどうかで実験結果が変わる。
  • ミクロな物質の位置を観測すると、波として広がって存在していたものが粒子として一点に決まる。
  • 波と粒子の二重性がなければわたしたちはモノを見ることも、そもそも存在することすらできない。

これまで説明したように、電子や光は「波でもあって粒子でもある」と同時に「波でもなければ粒子でもない」といえます。直感的に捉えにくく、その実体はよくわかっていません。そもそも人間に理解できるのか謎です。個人的には実際は波でも粒子でもないよくわからないものであるとするのが一番しっくり来ています。こういった話題は観測問題と状態の話と大いに関連しているので、そちらの記事でも解説しましょう。(現在製作中)

最後に筆者の雑記もご覧ください。量子力学を学ぶ際の注意点を軽く書きました。

筆者雑記:量子力学を学ぶに当たって注意したいこと

今回紹介した多世界解釈など、量子力学に登場する解釈はその話題性からしばしば拡大解釈されたりお話が一人歩きしていることがあります。

巷では、科学とは言えないものが科学として数多くまかり通っているので注意してください。特にスピリチュアルとか自己啓発に多い印象です。「引き寄せの法則」「念じれば自分の人生は変わる」とかですね。YouTubeを開いても結構出てきます。私たちが思う以上に、嘘の情報を流して私たちを騙そうとする人間や組織はたくさんあります。

個人的にはそういったトンデモ話やフィクションはとても好きですが、学問を学ぶ身としては少々懐疑的です。大学に入ってから学んだ量子力学の専門書にはそんなことは書かれていませんでしたし、多世界解釈自体、全くと言っていいほど見当たりませんでした。(研究室に入ってからがっかりしました)

強調しておきたいのが、量子力学自体は非常に地に足のついた学問です。確かに我々の住む世界では見られない現象がたくさんありますが、それらはきちんと実験や理論の土台の上で検証されたものです。

もちろん単なる娯楽として一歩引いて「そういうのも面白いね」と楽しむのは全然OKだと思います。科学も完全ではなく間違いはたくさんあるので、最初はオカルトだと否定されてきたことが後に実証された例はたくさんあります。これからもそういった事例は登場するでしょう。テレポーテーション、パラレルワールド、ワープ、タイムマシンとか。。。

それでも現在明らかになっている科学的知見と娯楽との線引きは忘れないように、量子力学もエンタメも楽しみましょう。

その他、参考リンク

二重スリット実験や粒子性/波動性について以下の動画が勉強になると思います。CGモデルや音楽のセンスが独特ですが、波が具体的にスリットをどのように通過するのか分かりやすいです。興味のある方はご覧ください。

カオスでシュール。それがいい!!

本記事は量子の世界をより身近に感じてもらうために厳密さに欠ける内容も入っています。

当サイトで取り上げた記事のほか、Twitter でもさまざまな情報を発信していますのでよろしければフォローをお願いします。

マサ: @masa_fpp03

Terminology

Terminology
1 私たちが普段生活しているような、距離や大きさがメートルやミリメートルで表される世界
2 距離や長さにナノメートル(nm:10^{-9}[m])という単位が使われるほど小さい世界
3 テネット、インターステラー、MARVEL、イエスタデイ、君の名は など
4 brane-worldとも
5 2.99792458\times10^8[m/s]
6 シンクロトロン放射:synchrotron radiation
7 6.62607015\times10^{-34} [Js]
8 ニュー

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